小さな学習塾「わたる」~子ども達の自立と向き合う~

ADHDやLD、自閉症スペクトラム、アスペルガー等、生来より何らかの学びづらさを持つ子ども達の学習・生活支援を行う小さな学び舎「わたる」。その塾を経営するきつねが日々のことをぽつぽつ呟くブログです。

やまのかいしゃ

久しぶりに絵本の紹介。
福音館書店から刊行されている「やまのかいしゃ」(スズキ コージ作・かたやま けん絵)は、恐らく大人の、しかも日本人を対象にした絵本なのではないかと感じます。


別に子どもや外国の方が読んでも面白いのかもしれませんが…、むしろ日本の、毎日あくせく働き、苦労が多くて、悩みも多くて、日々鬱々としている人たちが読んだら…、もしかしたら、「何だこの絵本は【怒】」となる可能性もあるんじゃないか?などと、余計な心配をしてしまいます(なら何故勧める)。


正直、私もこれを一読したときは「何じゃこりゃあ(汗)。自由過ぎか!」と思ったくらいで、あまり琴線に響くものはなかったのです。それどころか、「これは(お金を)損したかもしれない…」とちらっと思いました(ごめんなさい)。
が、どうにも引っかかって2回、3回、と読んでいくうちに、この本の登場人物に対する印象も、作品全体に対する想いも、不思議といろいろ変わっていって、しみじみと楽しめるようになりました。つまり、絵本なのであっという間に読めてはしまうのですが、噛みしめて読んでいけばいくほど味が出てくるので、ゆっくりじっくり、できれば日を置いて何回か読むと、自分の中に様々なものが残っていくのでは?と感じる作品なのです。


主人公はサラリーマンの「ほげたさん」という人なのですが、全く人生というものをなめきった人物です(初っ端からディスる私)。
ほげたさんは朝起きるのが苦手で、目覚まし時計がいくら鳴っても起きないし、奥さんに起こされても起きないし、子どもたちはとっくに学校へ行ってしまってもまだ起きない。当然のことながら会社は遅刻。どうやら毎日重役出勤のようで(昼過ぎに会社に着く)。
ホントよくクビにならないよな…と、まず思うわけですが、そこは絵本だから…と読み進めます(いいのかそれで)。


一応自分で「やばい」とは思うのか、ほげたさん、起きた後は慌てて電車に飛び乗るのですが、朝ご飯を食べてないからって電車の中でおにぎり食べようとするし、トイレのスリッパで出てきちゃっているし、眼鏡かけてくるの忘れたし、いっそ会社カバンをまるまる忘れているし。
ダメ人間かっ!というツッコミが、最初の数ページだけでもう追いつかない。


そんなマイペースほげたさんに、この日は不思議なことが起こって、本のタイトルにもある「やまのかいしゃ」へ行くことになるわけですが…。


私は最初、このほげたさんのことをあまり好きに思えませんでした。みんな、できればこんな風に自由に生きたいと思っているけど、できないんだよ、だって毎日の生活があるし、そのためには働かなくちゃいけないし。ほげたさんなんか妻子ある身で、毎日会社遅刻して、この日なんて結局〝やまのかいしゃ〟へ行っちゃって、でも会社の社長は全く意に介さず、それを許しちゃう…なんなの?ほげたさん、あんたずるいよって(笑)。
こんなの、現実でありえっこない。むしろこの絵本を読んだ子どもたちが、ほげたさんみたいになりたい!ぼくも会社勤めなんかしないで、毎日寝坊して好きな時に起きて、好きな時にご飯を食べる!ってなったらどうするのよ?…というような、何というか、大人の道徳観(?)みたいなものが発動して、「この絵本はないな…」とすら思ったんです。


ですが、冒頭でも書いたように「何かが気になる」作品で、読み返していくと凄く印象が変わっていく。むしろ頭の固い自分が、ふっと息を吐くのにこのほげたさんとの出会いは必要だったのではないか?と思わせる、そんなビーム(!)が発せられていることに気づくわけです。


ぜひ読んでもらいたいので詳細は省くのですが、例えばほげたさんって、ただただノーテンキで勝手な人ではないんですよね。それは文中にもきちんと描かれています(一読した時は気づかなかったけど)。


家を慌てて出てきてしまって、電車の中でトイレのスリッパのまま来てしまったことを、ほげたさんは自分で呆れてしまうし、忘れ物する自分にもガッカリするんです。
あと、ほげたさんは他人に怒ったりしないんですよね。常に平静。
さらに、やまのかいしゃへ向かうのに、スリッパのほげたさんは、図々しくもその場にいた駅員さんに何か靴を貸してくれと頼むわけですが、イヤイヤながら(笑)駅員さんが長靴を貸してくれると、ほげたさんはそのお礼として自らの腕時計を渡すんですよ。決して自分勝手に何でもかんでも押し通そうって人ではない。


ちなみに、ほげたさんの周りの人も素敵な人ばかりで、そもそも奥さんはこんなダメ夫(笑)にお弁当を持たせてくれるし、会社の社長はほげたさんの話をよく聞いてくれるし(神様かな?)。同僚ものんびり屋さんなわけですが、みんなでにこにこ山の会社を楽しんだりして、全員が善人。
そこには、「そんなことでこの世の中通用するわけないだろ」とか、「ほげたさんは人生をなめきっている」なんてくだらない価値観は存在していないんです。…まぁ終盤この(山の)会社は「ぜんぜんもうからない」からいつまでも居られないって一文は出てきますけれども(笑)、現実とのバランスをここで取ってくれたのかなと思うと、そういう一文すら愛しくなってくるから不思議なものです。


みんながみんな、ほげたさんのようには生きられないけれど、彼の人間的魅力によって、彼の困ったところを補おうとする周りの優しさが垣間見えたり、それに甘えるだけじゃなく、自分なりに頑張ったり誠意を見せるほげたさんが生き生きと描かれていたり…愛すべきキャラクターのいる絵本じゃないか、そしてできれば、現実の社会でも、こんな風にみんなが心に余裕を持って人に優しくできたら素敵だな…と、最後は社会についてまで想いを馳せてしまったのでした。


ナンセンスギャグというジャンルに入るのかもしれないけれど、とっても素敵な絵本だと思います。大人の方にお勧め。たくあんを食すように噛みしめてもらいたいです。


×

非ログインユーザーとして返信する