小さな学習塾「わたる」~子ども達の自立と向き合う~

ADHDやLD、自閉症スペクトラム、アスペルガー等、生来より何らかの学びづらさを持つ子ども達の学習・生活支援を行う小さな学び舎「わたる」。その塾を経営するきつねが日々のことをぽつぽつ呟くブログです。

のんびり、適度に

誰もが憂鬱になる2学期がやってまいりました。


「誰もが」などと書いてしまい、偏見もいいところですが、ごん塾長基準では、みんなイヤでしょ、新学期?ってな感じでして…。
いやいや、学校始まってうれしい、やったー!という生徒さんや親御さんがいらっしゃることも十分わかっていますがっ。さっさと給食も始まっておくれよ~という声をお聞きしているのも事実ですがっ。
でもやっぱり、「はぁ~…休みが終わった…はぁ~…」となる子どもたちが一定数いることもまた事実なのではないでしょうか。
ですから、「夏休み、満喫した?」と訊いて、「うんっ!」と即答&キラキラ笑顔を向けられると安心しますな。
「まあ。けど、もう忘れた!」とぶすくれられると、もはや過去の楽しい思い出より、今のきつい日常なのね…となりますし(まぁ分かるけども)。


ところで、先だっても「夏休み、終わっちゃったよ」と残念がる某小4生の話を聴いていたのですが、その子が「思うんだけどさ、6時間目って実質無駄じゃん」と持論を展開してくれて、思わず笑ってしまいました。
実質無駄(笑)。
ずっと4時間授業でいいよ、あ、でも給食はあっていい、というか、食べたい(給食は美味しい)…という話だったのですが。とにかく「実質無駄」という言い回しがおかしくて、ひとりでツボに入り、ずっと笑ってしまいました。


その子いわく、午後はとにかく眠いと。5時間目も危ないが、6時間目になると本当に危険。ぶっちゃけ気絶しそう(語彙豊富で感心する)。
「周りで寝てるやつもいるよ! おれもたまに危ない時あるけど」と言うので、おっ、寝そうにはなるけど、自分は耐えているのね、えらいえらい!とも思ったり。


しかしひとしきり感心した後、確かにその通りだ…とも思って、しみじみしてしまいました。海外にだってシエスタというものがある通り、大人だってお昼ご飯を食べたら一定時間休みたいのだ。やるべき時にきっちりできれば、適度に休むことって必要なのでは??
しかも今の子ども達は、学校が終わった後も習い事だの宿題だのがもりだくさんで、ゆっくりする時間が少ないんですよね。ですから、学校にも「お昼寝タイム」のような時間がたまにでいいからあるといいのになぁ…などと思ってしまいました。
眠りたくないって子は、本でも読んでればいいじゃない(本でもて)。←いや想定しているところが「静かに休もう」タイムなので


学習の効果を考えた時に「適度な休憩」が絶対に必要なことは誰もが分かっていることです。それでも、「やらなくてはいけないこと」(?)が多過ぎて、学校のスケジュールは常にキツキツ。先生方の中にも、きっと日常的に何か(?)に追われているイメージを強く持たれている方がいらっしゃるのでは…などと思った1日でした。
どこかで適度に休みながら、無理のない学習ペースを確立できると良いですよね。


ながーい5ふん みじかい5ふん

いつの間にやら10月も終わろうとしています。…と、書いたのが10月30日だったのですが、昨日更新できなかったので、今は11月。
つまりこちらのブログ、9・10月は一度も更新できずで…Oh…。
毎回、記事をあげたいと思いながらも、気づくと1週間経っているのですよね。
でも、子ども達も、「(1週間は)めちゃくちゃ早い!」と皆、口をそろえて言います。
そこで終わっておけばいいのに、「本当に不思議、学校の授業はあんなに長く感じるのに!」とも言います(爆)。


これに関しては絵本『ながーい5ふん みじかい5ふん』(リズ・ガートン・スキャンロン+オードリー・ヴァーニック 文/オリヴィエ・タレック 絵/木坂 涼 訳/光村教育図書)を読んでいただくと面白かと(突然話が変わる)。


主人公の男の子がとてもかわいい!
いろいろな「5ふん」にいろいろな感想を述べてくれるのですが、ジェットコースターを待つ「5ふん」が長過ぎて、「あー、まってるうちに じんせいが おわっちゃうよー」とお父さんの足にしがみつきつつ、ぐてぇ~とする。
おいおい、ジェットコースターに乗るのに5分待つだけならいいだろうという突っ込みが聞こえてきそうですが(ディズニーランドあたりに行ったら、もっと並ぶでしょうに)。
そしてこの男の子、「ひゃっほーい!!!」とジェットコースターを堪能した後は、再びぐんにゃりとだらけた顔をして、「5ふんって あっというまだね。 じんせいって そういうものかも……。」と、深いんだか何だか分からないコメントを残すのでした。


そのような感じで淡々と彼の日常が「5分」をテーマに流れていくのですが、この手の出来事は「わたる」の日常でもわんさか見られます。例えば授業で、「この課題は10分で終わる」と言っても、「そんなにできない!」となるのに、「10分休憩しようか」と言うと、「それしか休めないの!」と…。
同じ10分だろがーい!!…とごん塾長が声を荒げたくなるのも無理はありませんよね(もはや突っ込みが追い付かない)。


同じ時間でも、楽しいことがあっという間で、しんどいことが長く感じるというのは「当たり前」ですが、それをただ当たり前としてスルーするのではなく、「そう感じはするけれど、同じ10分なんだよな…」というところに想いを馳せることもして欲しい…!な~んて思うことも多々あります。
あとは時間ドロボウのYouTubeと、みんなもうちょっと戦って欲しい…と、思うなど。
「YouTube、滅びた方がいいと思わない?」と、先日ある生徒さんに暴論を投げかけたごん塾長、「子どもにとっては人生で最も必要なものなんだよ(怒)!」と叱られてしまいました。人生ってまじかよ…そこまで…?と、なりつつ、最近、ごん塾長はこの持論で多くの敵を作り始めています(でもまだ当分言おうっと・笑)。
でも実は、そんな塾長自身、可愛いわんこ動画で癒される毎日です(ヲイ)。


人間のこういう矛盾の塊みたいなところを、生徒さん達とももっと突き詰めて討論していきたいと思う今日この頃です。
後で10月分のブログも更新します(笑)。

発問組み立て事典

さきほどは絵本の紹介を載せましたが、次は『小学校国語 発問組み立て事典 物語文編』(岩崎直哉・著/明治図書)の紹介です。


集団授業で生じ得る学び力のものすごさは、まがりなりにも教員をしていた身としても、多少なり、分かるつもりでおります。
そのため、個別指導塾をやりながらも、「集団授業もやりたいな~」と、未だによく思います。個別には個別の、集団には集団の良さがありますけれど、教師の問いかけに生徒が答え、またそれを傍から聴くことによって別の生徒が新たな発見を得る…という図式が、学校教育の素晴らしいところの1つではないでしょうか。


先述した書籍は、そのような集団授業において、教師の問いかけ方(発問内容)が、いかに子ども達の学び力を変えるか、いかに授業1つ1つの局面が大事になってくるかを投げかけてくれる、先生用のテキストブックです。
「物語編」なので、教科書で使用される「おおきなかぶ」や「スイミー」、「お手紙」、「もちもちの木」、そしてごん塾長のバイブル「ごんぎつね」等々が題材として用いられています。


「わたる」は教科書の物語を扱う塾ではないので、直接このテキストが授業で使えるわけではないのですが、発問の仕方そのものが参考になりましたし、何より、自分自身があれらの物語を読んで「気づかなかった」と感じる指摘が多くあったため、単純にお話を読む際の参考になったとも感じました(教える側がそれでいいのか!?という突っ込みはおいておきまして…)。


思えば子ども達には、小説を「味わいながら読んで欲しい」といった想いを常に抱きつつ、最近の自分がそのような姿勢で本を読んでいませんでした。
また、そもそも文章の読み込みが甘い子ども達に対し、教える側が投げかける1つ1つの発問がそれぞれ意図を持ったものであったのか?と、改めて自身を問い直す契機ともなりました。
確かに、物語にはいわゆる「神視点」の語り手がいる一方で、筆者によっては、突如として登場人物の心の語りが出てくる下りもあります(「ごんぎつね」で言えば、「そのとき兵十は、ふと顔を上げました。(略)こないだ、うなぎをぬすみやがったあのごんぎつねめが~」といった語りの転換)。
本書では「語り手が、どの人物にどれくらい寄り添っているのか意識しながら読むと、物語の世界をより楽しむことができます」とあり、この点、特にはっとさせられました。子どもの頃はそのようなことはもちろん意識することなく、ただもう「ごんも兵十も可哀想!何でこんな結末にするんだ!作者のバカ!」くらいにしか思っていませんでしたが(浅い)、それだけ感情移入できたのも、自然と引き込まれたあのような描写があったからだと考えると、ガーン!となりますし、「負けた!」となりますよね(何)。
1つ1つの文章がこのように読者の心を揺さぶるものであること、そういった表現を意識的に学ぶことは大切であると感じます。


さらに本書では、「このとき、兵十はどんな気持ちですか」と問うのではなく(=それでは単に「怒っている」とだけ返ってきて終わってしまうから)、「どのように、その怒りが表現されているか、読者はなぜ兵十の怒りを強く感じるのかということを、書かれている言葉(語り方)をたよりに考えること」を促す、それがつまりは論理的に読ませることだといった説明があり、う~ん、まさにまさに!となりました。読みの力を育てるとは、こうした教える側の「気配り」が十二分になされてこそ、初めて出来得るものなのでしょう。


詳しいことはネタバレになってしまうのでここまでとしますが、国語の授業で悩まれている先生方は一読をされると得るものも多いと思います。
また、子どもさんと一緒に物語を楽しみたいという親御さんにとっても、目からうろこな指摘が見つかるかもしれません。