もうちょっとだけ子どもでいよう
今日は「絵本」ではないのですが、オススメの「児童書」について書こうと思います。
岩瀬成子さんの「もうちょっとだけ子どもでいよう」(理論社)は、不思議な魅力でぐいぐい引き寄せられる本です。出会ったのは私が中学生の頃ですが、何度読んでも胸がきゅっと締め付けられるのに「大好き」と思える本で、学生時代は随分と読み返しました。
対象年齢は文章の読みやすさで言えば、小学校高学年からでも大丈夫ですが、恐らく思春期バリバリの中・高校生、或いはその年代のお子さんを持つ親御さん世代にピッタリはまる書籍なのでは?と思います。勿論、学校の先生にもオススメです。もしも「あの子って、ちょっと付き合うのが難しいかも」「いつも何考えているんだろ?」というような子が近くにいたとしたら、この本を読むと何かしら引っかかるかもしれません。
「生きる」ことにざわざわしていて不器用で、でも愛しい登場人物たちひとりひとりがとても良いです。彼らの心理が非常に淡々と、しかし丁寧に描かれていて、自分自身も生きることを考えさせられる、そんな物語。いや、そこまで大げさなことではないかも?「人生」なんてところまでは行っていないかも?ですが、とりあえず立ち止まって、「今の自分」を振り返ってみることができる。そういう本だとは思います。
本の帯には、「ためらい とまどい この今を生きている すべての私たちへ」と書いてあり、裏帯には主人公のひとりである女の子の台詞が書いてあるだけ。帯には紹介文がない。でも、それが凄くこの本を「紹介」しています。
「わたし、いい人間になりたい」
…………
「いい人間?立派な大人ってこと?」
「わからない。大人になるってどういうことかわからないもん。でも、いろんなことずっと覚えていたいんだ。ずっと覚えていれば、いい人間になれるような気がする」
(本文より)
帯にはこれだけ。でも、以前どこかの雑誌で、ある書評家の方がこの本について述べられているのを目にしたことがあって、そこには「恐らく、普段特に悩みもなく、自分に疑問を持つこともなく生活できている人には、何ということもなく通り過ぎてしまう作品。でもその逆の人には、きっと何か心に響くはず」…というようなことが書いてあって、まさに!と思ったのをよく覚えています。
物語自体、特に大きな事件が起きたり、派手なイベントがあるわけではないのです。
小5の女の子と、女子中学生、2人の姉妹が主人公。とはいえ、この2人にはほとんど接点がなく(特に仲良しではない)、それぞれが自分の生活を営むのに必死で、時々「家」という場で互いの生活時間が重なった時にだけ会話する程度。
妹は小学生女子にあるあるな友だち関係に若干の問題を抱え、中学生の姉の方は不登校に片足突っ込んでいる。こちらも友人関係はぎこちない。
姉妹のお父さんは昔アル中だったけど、今は真面目に働いていてクールな人という印象。
お母さんは元教員で、今は塾を開きながら、愛の教会という宗教活動に熱心。
他にも、世間からドロップアウトした青年や変わり種の大人がちらほら出てきます。そのみんなが「何かしら抱えている」のだけど、それなりに生きていこうとしている…それが本当に静かに、真摯に描かれている。それが、読者である「わたしたち」という個にも優しく寄り添っているように感じられるのです。岩瀬さんは他にも様々な子どものための本を書いてらっしゃる児童文学作家さんですが、この作品が最もそういう色を濃く感じます。私の愛読書の一つです。
自分にとってバイブルの本がある、というのは、とても良いお守りを持っているのと同義ではないでしょうか。小さい頃にお気に入りの本や絵本、図鑑があって、それを擦り切れるまで何度も読んだ経験を持つ子は多いと思いますが、その中で「大人になった今も覚えている」本って、一体どれくらいあるでしょう。
「大人になっても、部屋の本棚にしまっている」本に至っては、もっと少ないかもしれません。
そういう本との出会いがあると、月並な言葉ではありますが、人生がより豊かになるというのは本当だと思うんですね。何故って、その本の世界観を思い出す時は、ふっとつらい現実を忘れて夢中になれたり、何とも温かい気持ちに包まれることができるから。間違いなく素敵な時間を過ごせるわけです。だってその本が好きなんですから。
今ではすっかり、ネットでスピーディに情報を追う人間となった私ですが、子ども達にはゲームや動画だけではなく、ゆったりと本を読む時間もとても楽しいものなのだと、自らの想像力をかき立てられるエキサイティングな経験なのだと、ぜひ知ってもらいたいとしみじみ思います。